【H30改訂版】英コⅡ PRO-VISION English Communication Ⅱ New Edition 桐原書店(353) Reading 2 本文和訳
Reading 2 Humming Through My Fingers
Part 1
「やあ,アンバー.カイルだよ」彼の声だとわかりました.カイル・ベネット,マ
シュー兄さんのクラスに来た転校生です.彼はほかの数人の友達と一緒に 1,2 度家に
来たことがあったけれど,私に直接話しかけてきたのは,これが初めてでした.
「ぼく,座れる[座っていい]かな?」と彼が聞いてきました.
「さあ,どうかしら.座れるの?」と私は冗談を返しました.
「いや,そうじゃなくて…つまり,ぼくが座ると迷惑かな?」
「ご自由にどうぞ」私は指をページの上にすべらせ,本を読み続けました.
「何を読んでいるの?」
「『レベッカ』.お気に入りの一冊なの」
その時突然,思いがけず私の指がカイルの指に触れ,稲妻のような電気ショックが
指を通って腕を突き抜けました.
「痛っ!」カイルが叫びました.
彼の感触でまだ指の中がジンジンと鳴っているまま,私は手を引っ込めて言いまし
た.「大丈夫?」
「ああ,ちょっとビリっときただけだよ.どうしてこんなふうになったんだろう」
私が何も言わないでいると,カイルは話し続けました.「ごめんね.点字ってどんなも
のか,見たかっただけなんだ.どうやって読むの?」
私はため息をつきました.また同じ説明をしなくちゃならない.どうせまた困った
ように黙って,それからぼそぼそと同情めいたことを言うんだわ.
「点の集合の一組一組が,文字や数字を表しているの」と私は説明しました.「目を
使ってページにある言葉を読む代わりに,私は指を使って点を読んでいる,ただそれ
だけのこと」
「やってみてもいい?」
「どうぞ」
今度は私の指に触れないように用心しながら,彼は私から本を受け取りました.
「これを全部覚えるなんて,ぼくだったら何年もかかるな」カイルは感心したよう
に口笛を鳴らしました.
「君はどれくらいかかったの?」
「何か月もかかったわ」と私は答えました.私は驚いていました.哀れみも同情も
なく,ただふつうに二人の人間が言葉を交わしていたのです.
「君は生まれつき目が見えないの?」
またもや驚きです.私の目のことを口にする人なんて,今まで家族以外には誰もい
ませんでした.それは触れてはいけない話題だったのです.
「いいえ」私はやっとのことで言葉を発しました.「私,糖尿病で,そのせいで目が
見えなくなった,不運な少数派の一人というわけ」
「一番恋しいのは,何?」
「みんなの顔…それと,いろんな色」沈黙が二人の間に広がり,私はカイルが何か
ほかのことを言おうとして言葉を探している気配に,耳を傾けました.
「でも,お兄さんから聞いたんだけど,君は(視覚の代わりに)ほかの感覚を使っ
て物が見えるんだってね」
私は返事をしませんでした.ゆっくりと本を閉じ,そして待ちました.
「君には形の味がわかったり,色が聞こえたりするって,お兄さんが言ってたよ」
とカイルが言いました.
形の味がわかったり,色が聞こえたり….それは私の耳にさえも奇妙に響きました.
「共感覚って呼ばれているの.百万人に 10 人くらい,共感覚のある人がいるのよ」
「それって,どんな感じなの?」カイルが聞いてきました.
「目を使って見るって,どんな感じなの?」私は聞き返しました.
「それは…その…説明するのは難しいよ」
私は話題を変えたくなりました.すると,カイルが切り出しました.「よかったら…
えっと…(運動会の)競技が全部終わったら,ハンバーガーを食べに行くつもりなん
だ.君は一緒に来たくなんかないよね?」
二人の間に沈黙が広がりました.
「ええ,いいわ」ついに,私は答えました.
「やった! やったあ!」彼の声がほっとした感じだったので,笑ってしまっても
おかしくないところでしたが,その時の私は,笑いたい気分ではありませんでした.
どうして承諾してしまったのか,自分でもわからずにいたのです.
Part 2
「お友達のところに戻って,運動会を見るの?」と私は尋ねました.
「いや,ここで君と一緒にいたいなと思ったんだけど,君さえよければ」
「いいわよ.じゃあ,散歩しましょう」
「散歩?」
「学校の敷地をぐるっと.みんながいないところを」と私は言いました.
「君,歩け…?」
「歩けるわよ」私は笑いました.「使えないのは私の目で,脚じゃないもの」
「ああ,もちろんそうだよね.ごめん」カイルが立ち上がるのが聞こえました.私
を助けようと彼が差しのべた手は無視して,私も立ちました.
「小川に沿って歩きましょう.それから遠くの橋を渡って,テニスコートのまわり
を歩くの」と私は提案しました.
「いいよ」
私たちは歩き始めました.カイルは両手をポケットに突っ込みました.
「カイル,ネクタイ着けてる?」
「どうして?」
「それ,外して,目隠しにして」
「もう一度言ってくれる?」
「ちゃんと一度目に聞こえたはずよ」と私は笑いながら言いました.
「どうしてそんなことしてほしいの?」
「私があなたを連れて,敷地を回ってあげるから」
「ぼくが目隠ししたままで?」
うろたえた彼の声に,私は笑い出しました.「そのとおりよ.私のこと,信頼してく
れなくちゃね」
「だけど君は…君は,見えないんだよ」
「やってみるの? それとも怖じ気づいたの?」
カイルはゆっくりと首からネクタイを外すと,それで目を覆って結びました.
「ちゃんと目が隠れているかどうか確認したいから,顔を触らせて」と私は言いま
した.
私は彼が前にかがむのが音でわかりました.私は彼の顔に軽く指をすべらせました.
彼の肌に触れると,私の指はまたジンジンと鳴り始めました.彼の額は広く,鼻は大
きく,顎は頑丈で,唇は柔らかでした.彼の目がどんな感じかは,ネクタイで覆われ
ていたので,わかりませんでした.確かに目が隠れていることに満足して,私は彼の
腕に自分の腕をまわしました.するとカイルは,思わず体をこわばらせました.
「心配しなくていいわ.お友達のところからここにいる私たちが見えるはずないも
の」
「そんなことじゃないよ.ただ,ぼくたち小川に突っ込んでしまったら,どうする?」
「そうしたら,ぬれちゃうわね!」
少し間があって,それからカイルは笑い出しました.
体の緊張がゆるんで,彼は言いました,「よし,わかったよ.君はどこに向かってい
るか,わかっているの?」
「この学校のことは,よくわかっているわ.心配しないで」と彼に請け合うと,私
は見回して,記憶を頼りに敷地内の風景を思い浮かべました.二人のまわりには何エ
ーカーもの敷地が広がり,ゆるやかに流れる小川がその敷地を 2 つに分けていました.
私は覚えていました.冬でも芝生がどれほど青々としていたか,そして春から初夏に
かけてずっと,その芝生がデイジーの花で覆われていたことを.
Part 3
私はカイルの手を引いて小川を下って行き,それから左に向きを変えると,数歩進
みました.
「さあ,私の言うとおりにしてね」私は彼を導いてなだらかな斜面を下りながら言
いました.
「ここで川を渡るつもりかい?」彼はぎょっとした様子で尋ねました.
「そのとおりよ」私はほほ笑みました.「川を跳び越えるの」
「だけど…自分の跳ぶ先が見えないよ」とカイルは抗議しました.
「じゃあ,視覚以外の感覚を使ってみて.手伝ってあげるから.ここは向こう岸ま
で 50 センチもないのよ.とにかくジャンプして,それから重心を前に傾けて,木の根
っこにつかまるの.そうしたら,体を引き上げて,道を空けてね.続いてすぐに私が
跳ぶから.いいかしら?」
「これって,本当にいい思いつきだと思う?」
「あなたはただ私を信じていればいいの」
「わかったよ」とカイルは不安げに言いました.
私は彼をしゃんとさせました.「心配しないで.信じればいいの! さあ,いいわね.
3 つ数えるわよ.1…2…」
「3!」カイルが叫びました.
そして,跳びました.
私は感動しました.彼にそんな勇気があるなんて,思っていなかったのです.「うー
っ!」という声に続いて,彼がバタバタと手探りして木の根っこを見つけたらしい音
が聞こえてきました.そして彼は土手をはい上がりました.
「じゃあ,いくわよ!」と私は叫びました.
そして跳びました.カイルに見てもらえなかったことは,ある意味,残念でした.
目の見える人でも,これほど見事にやってのけることはできなかったでしょう.
「大丈夫?」と私は尋ねました.
「だと思う」
私は彼の声がする方に向きました.「跳ぶのはどんな感じだった?」
「ちょっと…どきどきしたよ」とカイルは認めました.
「水の深さはたった数センチだとわかっているのに,急に何キロメートルもあるよ
うに感じたんだ」
「じゃあ,対岸に着地したときの気持ちは?」
「ほっとした!」
「ほかには?」
「うん,なんだか誇らしい気分になったよ」
「目が見えないってことはね,」と私は切り出しました.
「何キロメートルもの深さがある水を眼下に臨む崖から跳ぶようなことなの.ただ
し,崖の反対側に何があるのか,まったくわからないまま跳ぶようなことなの.何も
かもが冒険なの.どんなことに出くわすか,何が見つかるのか,喜ぶのか失望するの
か,傷つくのか幸せになるのか,見当もつかないの.わかるかしら?」
「たぶん」カイルは自信がなさそうでした.でも,これが初めの一歩です.
Part 4
「じゃあ,次に行きましょう」
私はテニスコートのほうに連れていきました.すると,求めていたものの匂いがし
てきました.その香りには,圧倒されるほどでした.
「ひざまずいて」と言って私はカイルの手をとり前に伸ばして香りのもとに触らせ
ようとしました.「人差し指と親指だけでこれに触ってみて」
「何なの,これ? ちょっとベルベットみたいな感触だけど,テニスコートのまわ
りにベルベットなんて,あるはずないし」とカイルが言いました.
私はその物体に触りました.「濃い黄色のベルベットだわ」
「君はどうやって何色かわかるの?」
「黄色って,すごくかん高い声なの.この黄色の声は少し低めだわ.つまり,色合
いが濃いということ.だけど,まぎれもなく黄色なの」と私は彼に教えました.
「君には,それが何なのかもわかるの?」カイルは尋ねました.
「ええ,わかるわ」そのとき突然,こんなやりとりはもうこれ以上したくなくなり
ました.悲しくなってしまったのです.「さあ,ネクタイを外して.触っているものを
見てね」
カイルはネクタイを外すと,息を飲みました.「は,…花だ…」と,カイルは衝撃を
受けた様子で言いました.
「きれいでしょう?」
「黄色い花だ」とカイルはささやきました.
「見えるってことは,目を向けて見るという以上のことなのよ,カイル」と私は彼
に言いました.「あなたの目は見える.それがどんなに恵まれたことか,絶対に忘れな
いで.私は光の味がわかるし,色を感じることもできるから,感謝している.でも見
えるということは…」
「花か…」カイルは畏敬の念に打たれていました.私の声が聞こえていたのかも疑
わしく思われました.
「カイル,私はあなたたちができないし,必要がないからしようともしないやり方
でものを見ているのよ.私はそのやり方でもまわりにあるもののすばらしさがわかる
から,感謝している.もしかしたら,目が見える多くの人たちよりもずっとよくわか
っているんじゃないかしら」
私はカイルが私を見ているのを感じました.本当の意味で見ていました.初めてで
す.私は彼にほほ笑みかけました.
「ぼく…ぼくは君に言わなくちゃならないことがある」とカイルは落ち着かない様
子で切り出しました.
「そのことは,もういいの」
「いや,大事なことなんだ.ぼくは…」
「お友達が,あなたには私をハンバーガーを食べに連れ出すことはできないって賭
けたんでしょう? 私が前にあの人たちの誘いを断ったから,あなたにも無理だろう
って考えたのね」
沈黙.
「どうしてわかったの?」とカイルは尋ねました.
「聞こえたのよ」
「だけどぼくたちは,運動場のほぼ反対側にいたんだよ」
「風が私のほうに吹いていたの」
カイルが黙ってしまい,私は「大丈夫?」と言いました.
カイルが答えるまで,長い時間がかかりました.
「アンバー,ごめん.ぼくのこと,嫌いになっただろうね」
「どうして私があなたを嫌いにならなくちゃいけないの?」
すると,彼は私を見ました.「本当の私」が見えている人の目で.私にはわかったの
です.(彼の目に映っていたのは)目が見えない女の子でも,憐れむべき存在でも,自
分より恵まれない人間でもありませんでした.目を使わなくてもものが見える一人の
女の子でした.
「あのさ」カイルは辺りをぐるっと見回すと,まっすぐ私を見ました.「今まで気が
つかなかったんだけど,ぼくのまわりのものってみんな…」
そう言うと,カイルは照れくさそうに黙ってしまいました.私はプッと噴き出しま
した.「ほらほら」と私は言いました.「みんなのところに行きましょうよ」